相続放棄の期間について、民法は「相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に」相続放棄をしなければならないと規定しています(民法915条1項。この期間のことを「熟慮期間」といいます)。
それでは「相続の開始」とはいつのことでしょうか?
民法882条に「相続は、死亡によって開始する。」との規定がありますので「相続の開始」とは被相続人が死亡した時点のことを意味します。
つまり「相続の開始があったことを知った時」とは「被相続人が死亡したことを知った時」ということになります。
したがって、被相続人が死亡したことを知った時点が熟慮期間の起算点となります。
被相続人の死亡を知ったのが被相続人の死亡から1年後であれば、その時点が熟慮期間の起算点となります。
「自己のために」というのは、主に後順位の相続人を意識した文言です。
例えば、被相続人に子どもがいる場合、子どもは第一順位の相続人です。子どもが被相続人の死亡を知った場合、自分が相続人になるわけですから「自己のために」相続の開始があったことを知ったことになります。
仮に、子ども全員(第一順位の相続人全員)が相続放棄を行った場合、第二順位の相続人(例えば母親)がいる場合、子ども全員が相続放棄を行ったことにより母親は相続人になるので、母親が子ども全員が相続放棄を行ったことを知れば「自己のために」相続の開始があったことを知ったことになります。
最高裁昭和59年4月27日判決は、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたために3か月以内に相続放棄をしなかった場合で、そのように信じたことについて相当な理由があるときには、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算するべきだと判示して、熟慮期間の起算点の繰り下げを認めました。
上記最高裁判決は「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じた」場合について判断しています。
したがって「被相続人に相続財産があることを知っていた場合」には射程が及んでいないと考えられます。
それでは「被相続人に相続財産があることを知っていた場合」には、一切熟慮期間の起算点の繰り下げが認められないのでしょうか。
この点に関して、下級審の裁判例は分かれています。
例えば、熟慮期間の起算点の繰り下げを認めた裁判例として、東京高裁平成19年8月10日決定があります。
同決定では、被相続人が、相続人所有の土地があることを知っていたが、当該土地にほとんど財産的価値がなく、一方被相続人に負債はないと信じていたというケースで、被相続人の死亡から約半年後にされた相続放棄の受理を適法と認めました。
また、熟慮期間の起算点の繰り下げを認めなかった裁判例として、東京高裁平成14年1月16日決定があります。
同決定では、被相続人が死亡した直後、被相続人が所有していた不動産の存在を認識したうえで他の相続人全員と協議し、これを長男である相続人に単独取得させる旨を合意したケースで、相続人らは被相続人に相続すべき遺産があることを具体的に認識していたとして、熟慮期間の起算点の繰り下げを認めませんでした。
相続放棄は、原則として、被相続人が死亡したことを知った時から3か月以内(熟慮期間)に行わなければなりません。
もっとも、後順位の相続人は先順位の相続人全員が相続放棄を行ったことを知った時が熟慮期間の起算点となります。
最高裁の判例では「被相続人に相続財産が全く存在しないと信じた」場合に熟慮期間の起算点の繰り下げを認めたものがあります。
「被相続人に相続財産があることを知っていた場合」に熟慮期間の起算点の繰り下げが認められるか否かについて、下級審の裁判例は分かれています。