遺言の形式的有効性の要件は、コラム「遺言の形式的効力」で説明しましたが、①自書性、②日付、③署名、④押印の4つです。
もっとも、①自書性については、平成30年民法改正において、目録の記載に関して例外が認められるようになりました(コラム「自筆証書遺言に関する平成30年民法改正について」参照)。
他人が自筆証書遺言を偽造した場合、①自書性の要件を満たさないので当然無効です。
他人の偽造による遺言は当然無効といっても、偽造を証明するためにはどうすればよいでしょうか。
「もちろん筆跡鑑定ですよね」という声が聞こえてきそうです。
筆跡鑑定とは、複数の筆跡を比較・対照して、それらの筆者が同じであるか否かを鑑別することです。
筆跡というものは、同じ人物が同じ文字を書いても完全に一致するものではなく(「個人内変動」といいます)、年齢を重ねることによっても変化します(「経年変化」といいます)。
指紋鑑定やDNA鑑定がほぼ100%であるのに対し(これらも絶対的なものではありませんが)、筆跡鑑定は、指紋やDNAに比べると信用性が低くなります。
筆跡鑑定の信用力について言及した裁判例で有名なものとして、東京高裁平成12年10月26日判決があります。
一審で裁判所が選任した筆跡鑑定人は「ア 配字形態は、類似した特徴もみられるが総体的には相違特徴がやや多く認められる、イ 書字速度(筆勢)は、総体的に相違特徴が見られる、ウ 筆圧に総体的にやや異なる特徴がみられる、エ 共通同文字から字画形態、字画構成の特徴等をみると、いくつかの漢字では形態的に顕著な相違があり、ひらがな文字では総体的には異なるものがやや多い傾向がある」として、別異筆記と推定する(つまり偽造である)との結論を出しました。
一審判決は、同鑑定結果を採用して遺言を無効と判断しました。
しかし、別の鑑定意見書(私的鑑定と思われる)では「いくつかの漢字について相違しているもの、類似しているものを挙げ、また、両者の筆跡に筆者が異なるといえるような決定的な相違点は検出されない」として、筆者が同じであると推定される(つまり偽造ではない)との結論を出していました。
控訴審である本判決は、両者の鑑定は「基本的な鑑定方法を異にするものではない」とした上で、「筆跡の鑑定は、科学的な検証を経ていないというその性質上、その証明力に限界があり、(中略)筆跡鑑定には、他の証拠に優越するような証拠価値が一般的にあるのではないことに留意して、事案の総合的な分析検討をゆるがせにすることはできない。」と述べて、筆跡鑑定に頼ることなく「総合的な分析検討」を怠ってはならないと注意喚起をしています。
結論として、本判決は、遺言者の生活状態などを詳細に検討した結果、遺言は偽造されたものではなく有効であると認めました。
遺言者の生活状態などを詳細に検討して判断する手法は、遺言能力の判断の際にも用いられています。詳しくは、コラム「認知症の人が作成した遺言書は無効になるのか」をご覧ください。
遺言を偽造したか否かについては筆跡鑑定が決定的な証拠となるものではない。
遺言が偽造されたかどうかについては、筆跡鑑定の信用力に限界があることから、遺言者の生活状態などを詳細に検討して判断される。