(事案を簡略化して説明します。)
被相続人Hは平成10年2月7日、死亡しました。Hの法定相続人は子A及び子Bでした。
H作成名義の自筆証書遺言(本件遺言)が存在し、本件遺言の内容は「全ての財産をBに相続させる」というものでした。
Aは、本件遺言はBによって偽造されたものであるとして、本件遺言の無効確認を求めて提訴しました。
一審では、裁判所が選任した鑑定人の意見を採用して、本件遺言は無効と判断しました。これに対してBが控訴しました。
裁判所:東京高等裁判所
裁判年月日:平成12年10月26日
筆跡鑑定の証明力をどのように考えるかが本件の争点です。
なお、本件においては、裁判所が選任した鑑定人による鑑定書(本件遺言の筆跡はHの筆跡とは異なると推定される)の他に、本件遺言の筆跡はHの筆跡であると推定される、との私的鑑定書が提出されています。
一審で裁判所が選任した筆跡鑑定人は「ア 配字形態は、類似した特徴もみられるが総体的には相違特徴がやや多く認められる、イ 書字速度(筆勢)は、総体的に相違特徴が見られる、ウ 筆圧に総体的にやや異なる特徴がみられる、エ 共通同文字から字画形態、字画構成の特徴等をみると、いくつかの漢字では形態的に顕著な相違があり、ひらがな文字では総体的には異なるものがやや多い傾向がある」として、別異筆記と推定する(つまり偽造である)との結論を出しました。
これに対して、控訴審である本判決は、両者の鑑定は「基本的な鑑定方法を異にするものではない」とした上で、「筆跡の鑑定は、科学的な検証を経ていないというその性質上、その証明力に限界があり、特に異なる者の筆になる旨を積極的にいう鑑定の証明力については、疑問なことが多い。したがって、筆跡鑑定には、他の証拠に優越するような証拠価値が一般的にあるのではないことに留意して、事案の総合的な分析検討をゆるがせにすることはできない。」と述べて、筆跡鑑定に頼ることなく「総合的な分析検討」が重要であることを強調し、結論として、遺言者の生活状態などを詳細に検討した結果、遺言は偽造されたものではなく有効であると認めました。