(事案を簡略化して説明します。)
Hは、昭和42年頃から老人性白内障で視力が減退し、昭和45年に脳動脈硬化症を患ってからは、その後遺症で手がひどく震えるようになりました。
Hは、昭和47年6月1日、まずは1人で自筆証書遺言を書き始めましたが、安定した文字が書けず、妻Aから「読めそうにない」と言われて遺言書を破棄しました。
次に、Hは、Aに自分の右手を背後から握らせて、一字一字、書くべき文字を声に出しながら、Aに添え手をさせたまま自分も手を動かすことによって、遺言書を書き上げました(本件遺言)。
本件遺言の内容は、遺産のうちの大部分を二男Dに与えるというものでした。
Hの死後、Hの長男Bと長女Cは、Dに対し、本件遺言の無効確認を求めて提訴しました。
裁判所:最高裁判所第一小法廷
裁判年月日:昭和62年10月8日
自筆証書遺言の作成においては、遺言書の全文を自書することが必要です(注:平成30年民法改正により、財産目録については自書する必要がなくなりました。)。
そこで、他人に手を添えてもらって作成した自筆証書遺言の有効性が問題となります。
最高裁は「『自書』を要件とする前記のような法の趣旨に照らすと、病気その他の理由により運筆について他人の添え手による補助を受けてされた自筆証書遺言は、(1)遺言者が、証書作成時に自書能力を有し、(2)他人の添え手が単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡の上で判定できる場合には『自書』の要件を満たすものとして、有効であると解するのが相当である」と述べた上で、本件遺言は(2)の要件を欠き無効であると判断しました。