仙台高等裁判所の岡口裁判官が弾劾裁判にかけられるというニュースが話題になっています。
岡口裁判官はSNSで女子高生が殺害された事件の刑事裁判の判決文を紹介してコメントをしたり,犬を取り戻す裁判などでもコメントをしています。
今回の弾劾裁判は,殺害された女子高生の遺族が弾劾裁判を行うように国会の訴追委員会に請求したことがきっかけになっています。
そもそも弾劾裁判とはなんでしょうか。
弾劾裁判というのは憲法で規定されているのですが,憲法の三権分立と関係しています。
ご承知のとおり,法律を制定するのが国会,法律に基づいて行政を行うのが内閣,紛争の解決や少数者の人権が侵害された時などに人権を救済するのが裁判所です。
民主主義国家では,原則として多数決で物事が決められます。選挙で選ばれた国会議員が法律を作ったり内閣総理大臣を選んだりします。
しかし,内閣が暴走した場合には国会や裁判所が内閣の暴走を止める役割があります。
そのための仕組みの1つとして「裁判官の独立」(日本国憲法76条3項)が規定されています。
裁判官の独立というのは非常に重要です。
もし仮に,裁判官を辞めさせる権限を内閣に与えるとすると,内閣は気に入らない判決を書く裁判官を罷免するかもしれません。
そうなると,裁判官は内閣に気に入られる内容の判決しか書けなくなり,健全な民主主義が成り立たなくなります。
そのため,憲法では,裁判官を罷免するためには国会に設置する弾劾裁判所で審理することにしているのです(その他に国民審査で罷免される場合があり得ます。)。
弾劾裁判についての具体的な内容は「裁判官弾劾法」に規定されています。
裁判官弾劾法では裁判官を罷免できる場合として,①職務上の義務に著しく違反し,又は職務を甚だしく怠ったとき,②その他職務の内外を問わず,裁判官としての威信を著しく失うべき非行があったとき,の2つが規定されています。
岡口裁判官のケースは,職務を怠ったわけではないので,②の「裁判官としての威信を著しく失うべき非行があった」として訴追されたと思われます。
弾劾裁判の手続としては,まず,「裁判官訴追委員会」が訴追するかどうかを決めます。
訴追委員会の構成は衆議院議員10人と参議院議員10人の合計20人です。
罷免の訴追をするためには(出席訴追委員の)3分の2以上の多数が賛成する必要があります。
訴追が決定すれば,「弾劾裁判所」において審理されます。
弾劾裁判所の裁判員は衆議院議員7人,参議院議員7人の合計14人です。
罷免の判決を出すためには,ここでも(審理に関与した裁判員の)3分の2以上の賛成が必要です。
現時点では,訴追委員会が訴追を決定した段階です(注:令和3年8月現在)。
裁判官の弾劾裁判はこれまでに9件行われており,そのうち7件で罷免の判決が出ています。
SNSでの書き込みを理由に裁判官が弾劾裁判にかけられるのは初めてのことです。
岡口裁判官は,「裁判官であることを名乗らずに一般人として投稿している。自分から裁判官と名乗ったことはない。」「裁判官であっても一般人として表現の自由はあるはずだ。」という主張をされており,岡口裁判官を擁護する声も聞こえます。
前例のない弾劾裁判であり,どういう結論になるのか注目しています。