9月19日、大阪高等裁判所で、紀州のドン・ファンと呼ばれた資産家が残した遺言書について、有効か無効かが争われた裁判の控訴審判決がありました。
控訴審の判断は、一審判決に引き続き有効との判断でした。
紀州のドン・ファンこと野崎幸助さんは、平成30年に急性覚醒剤中毒で亡くなられました。妻が殺人罪で起訴されたことでご存知の方も多いかと思います。
今回は遺言の裁判の話です。
野崎さんの死後、野崎さんの知人の家で手書きの遺言書が見つかったそうです。そこには「全財産を田辺市にキフする」等と書かれており、約13億円といわれている遺産の行方がこの裁判にかかっていました。
野崎さんには子どもがいないため、法定相続人は妻ときょうだいです。この遺言書が無効であれば野崎さんのきょうだいには相続分があるのですが、遺言書が有効であれば、全く遺産はもらえないということになります。
そこで、令和2年に野崎さんのきょうだい4人が裁判を起こしました。
一審判決は、令和6年6月に和歌山地裁でありました。一審判決では、「筆跡や体裁」から本人が書いたとみられる、との判断でした。
興味深いのは、一審で親族側は「遺言書の筆跡は野崎さんのものではない」という筆跡鑑定書を3通提出していたことです。
筆跡鑑定というのは、だいたい皆さんイメージできると思いますが、確実に本人が書いたといえる文字と問題になっている文字を比較するわけです。
実は、裁判官は筆跡鑑定をあまり重視しません。
特に、「筆跡が一致しない」という鑑定結果は慎重に検討する必要がある(安易に鵜呑みしてはいけない)といわれています。
人間は年齢を重ねると筆跡も異なってきますし、体調により違うこともあります。筆記具によっても変わってきます。したがって、「違う」部分は結構見つかるのです。
それでは、裁判官はどのようにして判断するのかといいますと、もちろん、筆跡も見ます。その上で、遺言書の場合、本人がこういう遺言書を書くことは不自然なのか、という点を検討するのです。
実際、一審の裁判では、野崎さんの会社の元経理担当者が「野崎さんは、きょうだいに財産を取られるくらいなら恵まれない子どもに寄付したい、と話していた」という証言をしたそうです。
その他にも、野崎さんが、生前、複数回にわたって田辺市に寄付をしていたという事実もあり、野崎さんが田辺市に全財産を寄付しても不自然ではないという事情もありました。
このような事情も踏まえた上で、「本人が書いたものに違いないだろう」と判断されたわけです。
控訴審では、親族側は一転して、「あまりにも似過ぎているので、誰かが野崎さんが書いた文字を紙を透かしてなぞって偽造した可能性がある」という主張を追加しました。
このような主張が出されたことからみても、実際、筆跡は似ていたのだと推察されます。
妻による殺人罪の裁判のほうは、一審で無罪判決が出て(令和6年12月)、検察が控訴をしています。