こんにちは。宝塚花のみち法律事務所の弁護士木野達夫です。
今回は、聴覚障害の子どもに健常者と同等の逸失利益が認められた裁判について解説したいと思います。
2018年2月に、大阪市内でショベルカーが歩道に突っ込む事故があり、聴覚支援学校に通っていた当時11歳の井出安優香(いであゆか)さんが亡くなりました。
交通事故で人が亡くなると、損害賠償の額の算定に当たっては、病院代などは当然として、その他にも慰謝料や逸失利益を考慮することになります。
今回の裁判では、逸失利益が争点になりました。
逸失利益というのは、被害に遭われた方が、仮に被害に遭わなかったとすれば将来に得られたであろう収入を失ったことを経済的損失と考えるものです。
被害者が大人であって、実際に収入を得ている場合には、基本的に実際の収入額を基準にします。
被害者が子どもの場合には、大人になってからの収入は分からないので、平均収入を基準にします。
安優香さんは当時11歳でしたので、聴覚障害がなければ特に問題なく平均収入が基準になったと思われます。
しかし、安優香さんには聴覚障害がありましたので、健常者と同様の基準を使うのかそうでないのか、が争われたのです。
裁判の相手方は、当初、女性労働者の平均の40%が妥当だと主張していたようです。
これに対して、遺族側は、安優香さんが勉強で使っていたノートなどを提出し、「学年相応の学力があった」と主張をしていました。
一審の大阪地裁判決では、安優香さんが「慣れた環境においては、問題なくコミュニケーションが取れていた」という認定を行いつつも、平均収入の85%で計算した額の判決となりました。
今回の高裁判決では、「安優香さんは健常者と同じ職場で、同じ勤務条件や労働環境で同等に働くことが十分可能だった」として、平均収入から減額せずに健常者と同じ基準で算定すべきだと判断したのです。
地裁判決と高裁判決の判断が分かれたポイントは、地裁の判決は、聴覚障害がある以上、コミュニケーションが制限されるので労働能力が制限されるのは当然、と考えたのに対し、高裁判決は、デジタル化などの技術の進歩や障害者に対する社会的障壁がなくなってきていること等に着目して、安優香さんが仕事に就く頃には聴覚障害者と健常者との間の差はなくなっているはずだと考えており、高裁判決は時代の流れを汲んだ判断といえるでしょう。