遺産分割とは、広義では、被相続人の遺産を相続人間で分けることを意味します。 広義の遺産分割には、遺言書がある場合とない場合が含まれます。狭義では、 遺言書がない場合に相続人間の協議(又は調停若しくは審判)で遺産の分け方を決めることを意味します。
■原則
遺言書がある場合、原則として、遺言書の内容に従って被相続人の遺産を分けます。
例えば、遺言書の内容が「甲土地は長男に相続させる。乙土地は二男に相続させる。
預貯金は長女に相続させる。」となっていた場合、遺言書の内容どおり、甲土地を長男が取得し、
乙土地を二男が取得し、預貯金は長女が取得することになります。
■例外
遺言書がある場合でも、相続人全員の合意があれば遺言書と異なる分け方をすることが可能です。
上の例でいえば、遺言書の内容にかかわらず、甲土地を二男が相続し、乙土地を長女が相続し、
預貯金を長男が相続することも可能です。 もっとも、このような分け方をするためには相続人
全員の合意が必要で、相続人のうち1人でも「遺言書のとおり分けて欲しい」と言う人がいれば遺言書のとおりに
分けなければなりません。
また、遺言書がある場合でも遺言が無効であれば
遺言書のとおり分けることにはなりません。遺言の効力を争う場合は、「遺言無効確認の訴え」
を裁判所に提起します。裁判所で遺言無効の判決が確定すれば遺言は無効となり、遺言がない場合
(狭義の遺産分割)と同じやり方で遺産を分けることになります。
■遺産分割協議
遺言書がない場合は、法律によって定められた相続人(法定相続人)が話し合いを行い(遺産分割協議)、
具体的な遺産の分け方を決定します。話し合いがまとまった場合は、通常「遺産分割協議書」を作成し、
合意した内容に従って具体的に遺産を分配します。話し合いがまとまるのであれば、必ずしも民法に規定する
法定相続分どおりの分け方でなくても構いません。
■遺産分割調停
相続人間で話し合いがまとまらない場合は、家庭裁判所で「遺産分割調停」を行うことになります。
遺産分割調停は相続人の1人あるいは複数人が家庭裁判所に対して遺産分割調停申立書を提出することで
開始されます。
調停では家庭裁判所で選任された2名の調停委員が仲介役となり、当事者の意見を聞きながら合意が形成
されるように当事者に助言等を行います。
■遺産分割審判
遺産分割調停は調停委員が仲介役となって当事者の合意形成を目指すものであり、あくまで「話し合い」です。
したがって、調停でも当事者間の意見の対立が激しく合意形成ができない場合があります。
そのような場合は、調停手続は「審判手続」に移行することになります。審判手続においては、家事審判官
(裁判官)が遺産の分割方法を決定します。 そして、審判が確定すれば強制的に審判内容を実現することが
可能になります。
遺産分割では、しばしば「特別受益」が問題となります。特別受益とは、
共同相続人の中に被相続人から遺贈を受けたり生前贈与を受けたりした者がいる場合に、
相続人間の公平を図る制度です(民法903条1項)。
具体的には、共同相続人の1人又は複数人が被相続人より、結婚の際の持参金・住宅購入
資金・高額な教育費・事業の開業費などの贈与を受けていた場合に、計算上贈与を受けた
額を相続財産に含めて相続分を算定します。その結果、特別受益を受けた相続人が遺産から
受け取る相続分は他の相続人に比べて少なくなります。
相続財産に特別受益である生前贈与を加えたものを相続財産とみなし(みなし相続財産)、 これを基礎として各相続人の相続分(一応の相続分)を算定し、特別受益を受けた者については、 この一応の相続分から特別受益分を控除し、その残額をもってその特別受益者が現実に受けるべき 相続分⑧具体的相続分)とします(民法903条1項)。
■遺贈
遺贈は、その目的にかかわりなく、包括遺贈でも特定遺贈でも全て特別受益となります(民法903条)。
■婚姻又は養子縁組のための贈与
婚姻又は養子縁組のための持参金や支度金は、一般的には特別受益に該当するとされていますが、結納金や挙式費用は、一般的には特別受益には該当しないとされています。
■学費
高校卒業後の教育(大学、専門学校、留学等)の学費(一般的には、入学金及び授業料のことであり、生活費等は含まないとされています。)は、
特別に多額なものでない限り、子の資質に応じた親の子に対する扶養義務の範囲内と考えられ、特別受益には該当しないとされています。
■生命保険金
特定の相続人が多額の生命保険の受取人になっている場合、
各相続人間で不公平感が生じることがあります。そのため、生命保険金を特別受益として扱うことに
よって公平を保つべきではないかという問題があります。
この点、実務では、原則として生命保険金は特別受益として扱われません。
もっとも、相続人間の不公平が著しい場合には、特別受益としての考慮する場合があります。具体的には
「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし
到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」には民法903
条の「類推適用」により「特別受益に準じて持戻しの対象となる」とされています(最高裁平成16年10月29日判決)。
■死亡退職金
死亡退職金については、そもそも相続財産に含まれるかが問題となります。死亡退職金の法的性質については、
賃金の後払いとしての性質と遺族の生活保障としての性質があるところ、前者の性質に着目すれば遺産性を
肯定する方向に、後者の性質に着目すれば遺産性を否定する方向に傾きます。実務では、死亡退職金に関する
支給既定等を検討して個別に判断されます。
そして、遺産性が否定される場合には、遺族の生活保障としての性質が強いと考えられる場合ですので、
特別受益として持戻しの対象とすべきではないと考えられます。
■不動産の無償使用
例えば、遺産である土地の上に相続人の1人が被相続人の許諾を得て建物を建て、その土地を無償で使用している場合、
使用借権が設定されている土地として評価することになります。その場合、更地価格の1~3割程度が減価されることになります。
そして、遺産土地に建物を建て、その土地を無償で使用している相続人は、使用借権の設定を受けたことにより使用借権相当額について
特別受益を受けたと考えることになります。これに対して、地代相当額については、遺産の前渡しとはいえず、使用借権の価格の中に
織り込まれていると考えられることから、実務では特別受益には該当しないという見解に立っています。
■孫に対する生前贈与
原則として特別受益に該当しません。なぜなら、特別受益は「共同相続人」に対して、生計の資本として贈与を行う等した場合に
認められるものであり(民法903条1項)、孫は「共同相続人」ではないからです。もっとも、例外として、孫への贈与が実質的には親
(被相続人から見て子)に対する贈与であるとして、特別受益に該当すると判断した審判例があります(神戸家裁尼崎支部昭和47年12月28日審判)。
寄与分とは、共同相続人中に、被相続人の財産の維持又は増加に「特別の寄与」をした者(寄与者)がいる場合に 相続人間の公平をはかるための制度です(民法904条の2)。具体的には、相続財産から寄与者の寄与分を控除 したものを相続財産とみなして相続分を算定し、算定された相続分に寄与分を加えた額が寄与者の相続分となります。 結果的に、寄与者は他の相続人より多く相続財産を取得することができます。
■相続人自身による寄与があること
寄与分は具体的な相続分算定のための修正要素であるので、寄与分が認められるのは相続人に限られます
(なお、民法1050条1項では、相続人以外の親族による特別の寄与があった場合の特別寄与料の支払い
請求権を認めています。)。
■特別の寄与行為があること
寄与分が認められるためには、被相続人と相続人の身分関係に基づいて通常期待されるような程度を
超える貢献である必要があり、夫婦間の協力扶助義務(民法752条)、親族間の扶養義務
(民法877条1項)の範囲内の行為は特別の寄与には該当しないとされています。
■寄与行為が無償であること
「特別の寄与」というためには、原則として寄与行為が無償である必要があります。
なぜなら、相当の対価を得ているのであれば、すでに決済が済んでいると考えられるので、
相続分の算定において修正を行う必要がないからです。
■被相続人の財産が維持又は増加したこと
寄与行為は「被相続人の財産の維持又は増加」についての寄与であることが必要です
(民法904条の2第1項)。つまり、「特別の寄与」の結果として被相続人の財産が維持され、
又は増加したという因果関係が必要です。被相続人に対する精神的な支援だけでは寄与分は認められないのです。
■家事従事型
無報酬又はこれに近い状態で、被相続人が経営する農業、その他の自営業に従事する場合であり、特別の寄与となる要件としては、①特別の貢献、②無償性、③継続性、④専従性を満たす必要があるといわれています。
■金銭出資型
被相続人に対して財産権の給付を行う場合であり、不動産の購入資金の援助、医療費や施設入所費の援助などの場合である。
■療養看護型
無報酬又はこれに近い状態で、病気療養中の被相続人の療養看護を行った場合であり、特別の寄与となる要件としては、①療養看護の必要性、②特別の貢献、③無償性、④継続性、⑤専従性を満たす必要があるといわれています。
遺言とは、個人の最終意思を一定の方式に従い表示したものです。一般的には、自分の財産について「誰に何を残すのか」について意思表示を行います。 遺言は、法律で定められた要件を満たして書かれたものに限り法的効力を持ちます。
遺言には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」の3種類があります(この3種類を「普通方式遺言」といいます。
「特別方式遺言」については省略します)。
■自筆証書遺言
「自筆証書遺言」とは、遺言者が遺言書全文を自筆して作成する遺言書のことです(民法968条)。
なお、財産目録を添付する場合、目録については自筆でなくても構いませんが、その場合は目録の全てのページに署名して押印する必要があります(民法968条2項)。
自筆証書遺言のメリットは、何と言っても簡便なことです。また、費用もかかりません。
自筆証書遺言のデメリットは、無効になりやすいこと(特に専門家のアドバイスを受けない場合)、
変造される可能性があること、紛失したり遺言者が亡くなった後に発見されない場合があること、家庭裁判所での検認手続が必要であることなどです。
もっとも、遺言書保管所(法務局)の「遺言書保管制度」を利用した場合は検認手続は不要です。
■公正証書遺言
「公正証書遺言」とは、公証人に作成してもらう遺言書のことです(民法969条)。公証人が遺言者の遺言能力を確認した上で、遺言者より直接遺言内容を聴き取り、遺言書を作成します。
公正証書遺言の作成には2名以上の証人の立会が必要です(民法969条1号)。
公正証書遺言のメリットは、何と言っても無効になりにくいことです。公証人と2名以上の証人の前で作成されていることにより遺言能力が否定されにくいですし、
専門家である公証人が法律の方式に従って作成するので内容面での不備や間違いのリスクも極めて小さいといえます。また、家庭裁判所の検認手続も不要です。
公正証書遺言のデメリットは、費用と手間がかかることです。また、公正証書遺言を作成するためには2名以上(通常は2名)の証人を確保しなければなりませんが、
「推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族」等は証人になれないため(民法974条)、身近な親族に証人になってもらうことが困難という事情もあります。
■秘密証書遺言
「秘密証書遺言」とは、遺言の内容を秘密にしたまま遺言書の存在だけを公証役場で証明してもらう遺言書のことです(民法970条)。
秘密証書遺言のメリットは、遺言の内容を秘密にできることやパソコンなどでも作成できることです(署名は自書する必要があります)。
秘密証書遺言のデメリットは、費用と手間がかかることに加えて、公証人が内容を確認しないことから形式面や内容面の不備により無効になりやすいこと、
紛失するおそれがあること(秘密証書遺言は遺言者が持ち帰ります)、家庭裁判所の検認手続が必要なことなどです。
遺言の内容を実現することを職務として指定又は選任された者を遺言執行者といいます。
■遺言執行者の指定又は選任
遺言者は遺言で遺言執行者を指定できます(民法1006条1項)。遺言以外の方法で指定することはできません。
遺言者が遺言で遺言執行者を指定していない場合や遺言執行者として指定された者が就職を拒絶した場合には、利害関係人の請求により
、家庭裁判所が遺言執行者を選任します(民法1010条)。
■遺言執行者の職務
遺言執行者に指定された者は、遺言の有効性及び遺言の解釈について検討し、遺言執行者に就職する場合は、相続人の調査を行った上で相続人に対し遺言執行者として就職する旨の通知を行います。
その際には、遺言の内容を相続人に知らせる必要があります(民法1007条2項)。
次に、遺言執行者は相続財産の調査を行って相続財産目録を作成し、相続人に交付しなければなりません(民法1011条1項)。
その後、遺言執行者は預貯金口座の解約手続きや貸金庫の開扉手続き等を行い、遺言の内容に従って、預貯金を相続人等に分配します。
また、相続財産に不動産が存在する場合、遺言の内容に従って名義変更の登記を行います(民法1014条2項3項、899条の2第1項参照)。
そして、全ての職務が終了すれば、相続人に対して書面で終了報告を行います(民法1012条3項、645条)。
■遺言能力が欠如している場合
遺言者が遺言作成時に遺言の内容を理解する能力を有していなかった場合、遺言能力の欠如として無効になります。
■方式違反
遺言は法律で厳格な要件が定められており、方式に違反している遺言は無効になります。自筆証書遺言の場合、全文自筆(ただし、財産目録はパソコンなどで作成可)、
日付の記載、署名、押印のうち一つでも欠けると無効となります(民法968条1項2項)。
また、加除訂正は特に厳格な方式が定められており、定められた方式に従っていない場合は、その加除訂正部分は無効となります(民法968条3項)。
■詐欺や錯誤に基づく遺言
騙されて遺言を作成した場合(詐欺)や勘違いで遺言を作成した場合(錯誤)の場合、相続人はその遺言を取り消すことができます(民法95条、96条)。
もっとも、裁判で詐欺や錯誤を理由として取消が認められることは極めて稀です。
遺言者は、その生存中に、いつでも何度でも遺言の全部又は一部を撤回することができます。 もっとも、遺言を撤回する場合は「遺言の方式に従って」行わなければなりません(民法1022条)。
遺留分とは、被相続人が有していた相続財産について、その一定の割合を一定の法定相続人に保証する制度です。 遺留分権利者は、遺留分を侵害する行為に対して侵害額請求をすることによって保証された一定割合を確保することができます。
遺留分は、「法定相続割合の1/2または1/3」と定められています。 遺留分の割合は、「相続人が直系尊属のみ」の場合は法定相続割合の1/3となり、それ以外の場合は法定相続割合の1/2です。 (なお、兄弟姉妹には遺留分は認められません。)
遺留分の請求(遺留分侵害額請求)は、遺留分侵害額を負担する受遺者、受贈者及びその包括承継人に対する意思表示によって行います。
意思表示にあたっては、遺留分侵害額を具体的に示す必要はありません。
また、遺留分侵害額請求権の行使は、訴えによる必要はなく方法は問いません。
もっとも、遺留分侵害額請求を行った事実を証拠として残すために内容証明郵便で行うべきです。
■遺留分算定の基礎財産
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有する価額にその贈与した財産の価額を加えた額から債務の全額を控除した額です
(民法1043条1項)。
また、相続人以外の第三者に対して贈与がされた場合については、相続開始前の1年間にしたものに限りその価額を算入し(民法1044条1項)、
相続人に対する贈与については、相続開始前10年間にしたもので、かつ、特別受益に該当するものに限り算入します(民法1044条3項)。
■遺留分侵害額の算定方法
遺留分侵害額は、遺留分の額から、①遺留分権利者が生前贈与等を受けている場合には、その額を控除し、②遺産分割の対象財産がある場合には
、遺産分割手続において遺留分権利者が所得する財産の価額を控除し、③相続債務がある場合には遺留分権利者が相続によって負担する債務の額を加算して求めます
(民法1046条2項)。
遺留分侵害額請求権は一定の期間が経過すれば消滅しますので、注意が必要です。
まず、遺留分侵害額請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から
1年間行使しないときは、時効により消滅します(民法1048条前段)。「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈が
あったことを知った時」とは、相続の開始と贈与又は遺贈があったことを知っただけでなく、贈与や遺贈が遺留分額を侵害することについても知った時のことです。
次に、遺留分侵害額請求権は、相続開始時から10年を経過すれば消滅します(民法1048条後段)。これは除斥期間と解されています。
相続放棄とは、被相続人の財産に対する相続権の一切を放棄することです。
放棄の対象となるのは被相続人のすべての財産であり、預貯金や不動産などのプラスの財産だけでなく、負債などのマイナスの財産も含まれます。
そのため、相続を放棄した場合、プラスの財産とマイナスの財産、いずれも相続人が承継することはありません。
■原則
相続放棄ができる期間(「熟慮期間」といいます)は、「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月とされています(民法915条1項本文)。
「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは、被相続人の死亡の事実を知った時です。ただし、先順位者の相続放棄によって相続人となる場合(例えば、被相続人の子が相続放棄をしたことで、
被相続人の父母が相続人となる場合)は、先順位者の相続放棄についても知った時です。
相続放棄をする場合は、原則としてこの熟慮期間内に家庭裁判所に対する申述を行わなければなりません(民法938条)。
■例外
相続放棄の「3か月」という期限は、実務上は比較的柔軟に解されており、期限経過後の相続放棄が認められるケースもかなりあります。
ただし、期限経過後の相続放棄が認められるかどうかは、家庭裁判所の裁量的判断です。
最高裁判所の判例によると、熟慮期間内に相続放棄の手続きを行わなかった場合でも、相続財産が全くないと信じ、かつそのように信じたことに相当な理由があるときなどは、
相続財産の全部又は一部の存在を認識したときから3か月以内に申述すれば相続放棄の申述が受理される可能性があります(最高裁昭和59年4月27日判決)。
上記の事例では相続財産が全くないと信じたケースですが、それ以外でも、例えば借金が後から判明した場合などにも期限後の相続放棄が比較的広く認められています。
「相続放棄」と間違えやすいものに「相続分の放棄」があります。「相続分の放棄」は、最初から相続人でなくなるのではなく、
いったん相続人とはなるが、その後に相続人としての地位を放棄するということです。
相続人としての地位を放棄しますと、その分は他の相続人の相続分が増えることになります。
「相続分の放棄」の場合、相続人としての地位は残ります。そのため、相続分を放棄しても債権者との関係では債務の支払義務を負うことに注意が必要です。
相続放棄をする場合は、原則としてこの熟慮期間内に家庭裁判所に対する申述を行わなければなりません(民法938条)。
相続放棄をすると原則として「相続財産」を受け取ることはできません。しかし、「相続財産」ではない遺族の「固有財産」であれば受け取ることができます。
例えば、死亡保険金(受取人が「被相続人」と指定されている場合を除く)、健康保険からの葬祭費や埋葬費、遺族年金、死亡一時金、
未支給年金などは遺族の「固有財産」ですので、相続放棄をしても受け取ることができます。
相続放棄をした場合、原則として被相続人の相続財産を処分することはできませんが、葬儀費用については、 大阪高裁平成14年7月3日決定が「葬儀は、(中略)社会的儀式として必要性が高いものである。(中略)葬儀を執り行うためには、 必ず相当額の支出を伴うものである。これらの点からすれば、被相続人に相続財産があるときは、 それをもって被相続人の葬儀費用に充当しても社会的見地から不当なものとはいえない。」と述べていますので、 被相続人の相続財産より「相当額の」葬儀費用を支出することは認められます。
一般に、使途不明金とは、相続開始前後に引き出された被相続人名義の預貯金のうち使途が不明な金銭のことをいいます。 ときには、相続開始前10年間にわたる預貯金の引出しが問題となる場合もあります。
■相続開始後の出金
相続開始後に被相続人名義の預貯金口座より出金が行われる場合です。被相続人が亡くなったことを金融機関に伝えると、
金融機関は被相続人名義の口座を凍結しますが、金融機関が被相続人の死亡を知る前に相続人の1人がキャッシュカードなどを利用して金銭を引き出すことがあります。
■相続開始前の出金で被相続人の意思に基づく場合
相続開始前の出金で被相続人の意思に基づく場合は、被相続人が自分のために費消したか誰かに贈与した(あるいは預けた)可能性があります。
■相続開始前の出金で被相続人の意思に基づかない場合
相続開始前の出金で被相続人の意思に基づかない場合は、相続人の1人が無断で出金を行っている可能性があります。
この場合でも、出金を行った相続人が被相続人のために費消した場合と自分のために費消した(あるいは隠し持っている)場合があります。
■相続開始後の出金の場合
改正後の民法が適用される場合(被相続人が令和元年7月1日以降に死亡した場合)であれば、相続人全員の同意により(出金した相続人の同意は不要)、
出金した預貯金を遺産として存在するものとみなすことができますので(民法906条の2)、実質的に取り戻した形で遺産分割協議(遺産分割調停)を行うことが可能です。
改正後の民法が適用されない場合(被相続人が令和元年7月1日より以前に死亡した場合)には、後に述べる「相続開始前の出金で被相続人の意思に基づかない場合」と同様の扱いとなります。
■相続開始前の出金で被相続人の意思に基づく場合
この場合、まず、被相続人が出金した金銭を自分のために費消したのであれば、法的に何ら問題はなく、取り戻すことはできません。
次に、被相続人の意思で相続人の1人に金銭を生前贈与していた場合、特別受益(民法903条1項)に該当する可能性があります。
その場合は、遺産分割協議(遺産分割調停)において、当該相続人の特別受益を主張し、
同主張が認められた場合には結果的に取り戻せることになります(ただし、超過特別受益の場合は全額を取り戻すことはできません)。
■相続開始前の出金で被相続人の意思に基づかない場合
この場合、預貯金を出金した相続人が金銭を費消又は領得している可能性があります。
その場合、他の相続人は不当利得返還請求権又は不法行為に基づく損害賠償請求権に基づいて預貯金を出金した相続人に対して返還請求を行うことが可能です。
もっとも、預貯金を出金した相続人が被相続人のために正当に金銭を費消した場合は、法的に問題ありませんので、取り戻すことはできません。
2007年9月に信託法が改正され、従来までは信託業法の免許を受けた信託銀行・信託会社しか認められていなかった信託(商事信託)が一般の人でも利用できるようになりました。
これを商事信託と区別する意味で「民事信託」と呼びます。民事信託の中でも、信頼できる家族間(親族間)で行う信託のことを「家族信託」と呼びます。
家族信託の仕組みとしては、財産を持っている人(委託者)が信託契約や遺言によって、信頼できる個人(受託者)に対して不動産や預貯金等の財産を託し、
受託者が一定の目的に沿って、特定の人(受益者)のためにその財産を管理・処分するということになります。
■認知症対策
家族信託の中で一番多いのが認知症対策です。例えば、親が元気なうちに子との間で信託契約を締結して、預貯金や不動産の名義を移転しておきます。
その後、親が認知症になり判断能力がなくなった場合でも、契約に基づいて、子が財産管理や不動産の売却などを行うことが可能になります。
■数次相続対策
遺言では、遺言者である本人の財産の承継先を決めることはできますが、財産を承継した者がその次の承継人を指定することまで決めること(後継ぎ遺言)はできません。
しかし、信託では、自分の財産の承継人を決められるだけでなく、財産を承継した者が亡くなった場合の次の承継人を決めることも可能です。
自分が亡くなった後には配偶者に承継してもらいたいが、その後に配偶者が亡くなった場合には配偶者の親族ではなく自分の血族に財産を承継してもらいたい場合などに有効です。
■親なき後問題
例えば、障害を持つ子どもがいる親が所有する不動産について、信頼できる親族を受託者として信託契約を行います。そして、自分が亡くなった後には子が受益者となるように信託契約を設計しておきます。
このような信託契約を締結しておけば、子が不動産からの収益を得ながら生活していくことが可能になります。
■本人の判断能力が低下していても財産の管理・処分が可能
家族信託は、本人(委託者)が元気なうちに自分の意思で契約を締結しているので、認知症の進行などで本人の判断能力が低下してしまった場合でも
契約の内容に従って(事前に与えられた権限に基づいて)受託者が契約当事者となって財産の管理や処分を行うことが可能です。
■柔軟な財産管理が可能
成年後見制度の場合、本人(成年被後見人)の財産を維持することが最大の目的であるため、財産の使い道は必要最低限のものに限られ、硬直的な運用になってしまいます。
しかし、家族信託は当事者間(委託者と受託者)の契約であるため、柔軟な取り決めが可能です。
■ランニングコストが不要
成年後見制度を利用すると、成年後見人が専門家の場合、報酬として月額2万円~6万円程度が必要です。
しかし、家族信託の場合、家族(親族)が財産管理を行うためランニングコストは不要です(なお、信託契約で受託者の報酬を決めることも可能です)。
■受託者となる人を見つけるのが困難
委託者は自己の財産の管理や処分を受託者に任せることになりますので、全面的に信頼できる人を受託者として選ぶ必要があります。
家族や親族(友人でも構いませんが)の中にそのような人物がいない場合、家族信託を行うことは困難となります。
■遺言が不要になるわけではない
家族信託には遺言の機能を持たせることができますが、完全に遺言を代用することはできません。
信託財産に含まれない財産については、遺言書を作成して誰が承継するかを決めておかないと遺産分割協議が必要となります。
■イニシャルコストがかかる
家族信託の場合、原則としてランニングコストは不要ですが、信託契約書を作成するには専門家の関与が不可欠です。
そのためにイニシャルコストが必要となります。