(事案を簡略化して説明します。)
賃貸人Hは本件建物を賃借人Aに対して賃貸し、AはHに対して敷金3000万円を差し入れました。
Hが死亡し、Hの相続人はB,C,D,Eの4名であり、各相続人の法定相続分は4分の1でした。
遺産分割協議の結果、本件建物はBが取得するとともに賃貸人たる地位もBが承継した後、AとBは本件賃貸借契約を合意解約しました。
Aは、敷金返還債務は法定相続分に応じて各相続人に法律上当然に分割されているとして、相続人の1人であるEに対して750万円の支払を求めました。
裁判所:大阪高等裁判所
裁判年月日:令和元年12月26日
過去の最高裁判例によると、売買による特定承継のケースにおいて「建物所有権の移転に伴い賃貸人たる地位を承継した者が、敷金に関する権利義務を当然に承継する」との判断がなされていました(最高裁昭和44年7月17日判決)。
一方で、相続債務の承継に関しては「相続人が数人ある場合に、被相続人の金銭債務その他の可分債務は、法律上当然分割され、各共同相続人がその相続分に応じてこれを承継する」との最高裁判決(昭和34年6月19日)が存在しました。
本件では、敷金返還債務が相続債務であることを重視して当然分割債務となるのか、敷金返還債務が賃貸借契約に付随するものであることを重視して賃貸人たる地位の移転に伴って当然に新賃貸人に承継されるのかが争点となりました。
大阪高裁は「敷金は、賃貸人が賃貸借契約に基づき賃借人に対して取得する債権を担保するものであるから、敷金に関する法律関係は賃貸借契約と密接に関係し、賃貸借契約に随伴すべきもの」であり、このような「敷金の担保としての性質や賃借人の保護の必要性は、賃貸人たる地位の承継が、賃貸物件の売買等による特定承継の場合と、相続による包括承継の場合とで何ら変わるものではない」と述べて、Aの請求を棄却しました。