(事案を簡略化して説明します。)
債権者SはH1に対して8000万円の金銭債権を有していました。
H1は平成24年6月30日に死亡し、法定相続人は子Aでした。
平成24年9月、Aの相続放棄が受理されました。その結果、H1の弟であるH2が相続人となりましたが、H2は、平成24年10月19日、自己がH1の相続人となったことを知らず、H1からの相続について相続放棄の申述をすることなく死亡しました。H2の相続人はH2の子であるBであり、Bは同日、H2の相続人となったことを知りました。
平成27年11月11日、Bは、Sからの通知により、SがH1に対して金銭債権を有していること、H2がH1の相続人であり、自分(B)がH2からH1の相続人としての地位を承継していたことを知りました。
Bは、平成28年2月5日、相続放棄の申述を行い、同申述は受理されました。
SはBに対して、金銭債権の支払いを求めました。
裁判所:最高裁判所第二小法廷
裁判年月日:令和元年8月9日
再転相続における第一次相続についての熟慮期間の起算点が本件の争点です。
再転相続における熟慮期間の起算点については、民法916条が「その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時」と規定しています。
熟慮期間の起算点を、Bが自己のために第二次相続(H2からの相続)の開始があったことを知った時と解すると、本件の熟慮期間の起算点は平成24年10月19日となります。
しかし、それでは、その当時、H2がH1の相続人であったことを知らなかったBにとって余りに気の毒です。
そこで、本件の熟慮期間の起算点を平成27年11月11日としてあげたいのですが、そのための理論構成をどのように行うかが問題となります。
最高裁は、
「民法916条の趣旨は、乙が甲からの相続について承認又は放棄をしないで死亡したときには、乙から甲の相続人としての地位を承継した丙において、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択することになるという点に鑑みて、丙の認識に基づき、甲からの相続に係る丙の熟慮期間の起算点を定めることによって、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障することにあるというべきである。
再転相続人である丙は、自己のために乙からの相続が開始したことを知ったからといって、当然に乙が甲の相続人であったことを知り得るわけではない。また、丙は、乙からの相続により、甲からの相続について承認又は放棄を選択し得る乙の地位を承継してはいるものの、丙自身において、乙が甲の相続人であったことを知らなければ、甲からの相続について承認又は 放棄のいずれかを選択することはできない。丙が、乙から甲の相続人としての地位を承継したことを知らないにもかかわらず、丙のために乙からの相続が開始したことを知ったことをもって、甲からの相続に係る熟慮期間が起算されるとすることは、丙に対し、甲からの相続について承認又は放棄のいずれかを選択する機会を保障する民法916条の趣旨に反する。
以上によれば、民法916条にいう『その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時』とは、相続の承認又は放棄をしないで死亡した者の相続人が、当該死亡した者からの相続により、当該死亡した者が承認又は放棄をしなかった相続における相続人としての地位を自己が承継した事実を知った時をいうものと解すべきである。」
との規範を定立しました。
その上で、本件においては、BはSからの通知を受けた時である平成27年11月11日に、Bは、H2からの相続により、H2が承認又は放棄をしなかった相続(H1からの相続)における相続人としての地位を自己(B)が承継した事実を知ったのであるから、H1からの相続に係るBの熟慮期間は平成27年11月11日から起算されるとして、平成28年2月5日に申述がされた本件相続放棄は熟慮期間内にされたものであり有効であると判示しました。