(事案を簡略化して説明します。)
被相続人Hは、昭和52年7月25日、Aより1000万円を借り入れました(本件債務)。
Hが返済期日に本件債務を返済しなかったため、AはHに対して本件債務の返還を求める訴訟を提起し(本件訴訟)、昭和55年2月22日、裁判所はAの勝訴判決を言い渡しました(本件一審判決)。
ところが、Hが本件一審判決の判決正本の送達前の昭和55年3月5日に死亡しました。
そこで、第一審裁判所は、本件訴訟の受継決定をした上で、Hの法定相続人であるBに対して、昭和56年2月12日に受継決定正本と本件一審判決正本を送達しました。
ところで、Hの一家は、Hが定職に就かずギャンブルに熱中し家庭内の諍いが絶えなかったため、昭和41年にBは家出をしてHとの親子関係は断絶していました。
昭和55年3月5日にHは病院で死亡し、BはHの死亡に立ち会いましたが、BはHから資産や債務について説明を受けたことはなく、本件訴訟の係属についても知りませんでした。
Bは、昭和56年2月26日、家庭裁判所に対してHの相続放棄申述手続を行い、同年4月17日、裁判所はこれを受理しました。
裁判所:最高裁判所第二小法廷
裁判年月日:昭和59年4月27日
民法915条1項の「自己のために相続の開始があったことを知った時」とは具体的にいつのことを指すのか、が本件の争点です。
最高裁は「民法915条1項本文が相続人に対し単純承認若しくは限定承認又は放棄をするについて3か月の期間(以下「熟慮期間」という。)を許与しているのは、相続人が、相続開始の原因たる事実及びこれにより自己が法律上相続人となった事実を知った場合には、通常、右各事実を知った時から3か月以内に、調査すること等によって、相続すべき積極及び消極の財産(以下「相続財産」という。)の有無、その状況等を認識し又は認識することができ、したがって単純承認若しくは限定承認又は放棄のいずれかを選択すべき前提条件が具備されるとの考えに基づいているのであるから、熟慮期間は、原則として、相続人が前記の各事実を知った時から起算すべきものであるが、相続人が、右各事実を知った場合であっても、右各事実を知った時から3か月以内に限定承認又は相続放棄をしなかったのが、被相続人に相続財産が全く存在しないと信じたためであり、かつ、被相続人の生活歴、被相続人と相続人との間の交際状態その他諸般の状況からみて当該相続人に対し相続財産の有無の調査を期待することが著しく困難な事情があって、相続人において右のように信ずるについて相当な理由があると認められるときには、相続人が前記の各事実を知った時から熟慮期間を起算すべきであるとすることは相当でないものというべきであり、熟慮期間は相続人が相続財産の全部又は一部の存在を認識した時又は通常これを認識しうべき時から起算すべきものと解するのが相当である。」との規範を定立して、本件においては、熟慮期間はBが本件債務の存在を認識した昭和56年2月12日から起算されるとしました。